Vol 1. Janet Sobel
先週末ジェフリーに「outsider art fair」へ連れて行ってもらった。名前は聞いたことのあるアートフェアだったけれど、実際に行くのは今回が初めて。会場を見て回っていた時に「この人の作品はMoMAではポロックの横に展示されてるんだよ」と彼が教えてくれたアーティストがいた。Janet Sobel という女性アーティストだった。聞くところによると、ポロックよりも先にあのドリップペインティングの描き方を生み出していた人で、ポロックは彼女の絵からインスピレーションを得てあのインクを撒き散らすスタイルを確立したとのことだった。
彼女のことが気になって調べてみたら、ちょうど去年のNYTの「Overlooked No More」シリーズの一つとして記事になっていた。このコラムは、1851年以降に死亡した著名人なのに記事にならなかったものを改めて掲載する(=「もう見落とされない」)という趣旨のものだ。https://www.nytimes.com/2021/07/30/obituaries/janet-sobel-overlooked.html
この記事によると、ジャネットがドリッピングペインティングのスタイルを生み出した時、彼女は45歳の主婦で、ちゃんとしたアート教育も受けていなくて、道具すら持ってない状態だったそうだ。紙くずや封筒の裏などの上に、ジュエリー工場で製造業をしていた夫が持って帰ってきたガラスのピペットや掃除機などを使いながら、形やフォルムの概念に囚われないいわゆる「抽象表現主義」の代表的なあの表現方法を確立させていっていたという。
ウクライナのキエフに生まれ、移民としてブルックリンのブライトン・ビーチに住みながら、英語の読み書きもできない状態で5人の子供を育てる主婦だった彼女が、どうやってアートに取り組むようになったかははっきりわからない。でも、アートスクールに通う息子の作品を見て、自らペンを取りながら「こうしたほうがいいわ」とダメ出しをしたり、その辺にあるいらないダンボールや手紙の上だけに留まらず、孫娘の絵の上にまで自分の絵を描くこともあったという。特に孫娘の絵の逸話はなかなか強烈だ。本人にしてみれば孫とのコラボ?のつもりかもしれないが、普通は孫娘の絵をそのまま大事に飾るなり、取っておくなりして、さすがに上書きはしないだろうから(笑)よっぽど創造力に溢れていた人だったのだろう。
息子はそんな母親の才能に感銘を受けていたようで、有名なアーティストや哲学者たちにジャニスの作品を紹介する手紙を出していたそうだ。その努力が功を奏してか、彼女の作品はアートコレクターのペギー・グッゲンハイム(グッゲンハイム美術館を作ったソロモン・S・グッゲンハイムの姪)の目にも留まり、1946年にはグッゲンハイム本人のギャラリーで個展も開催されている。そしてその個展で、ポロックは彼女の作品を鑑賞していて、「後にジャネットの絵が自分に印象を与えていたことをポロックは認めている」とのことだ。実際、ジャネットが描いた「Milky Way(1945年)」はポロックの最初のドリップペインティング「Free Form」の一年前に制作されているというから、かなり信憑性も高そうだ。
一時は注目を浴びたこともあるジャネットだが、それが長く続くことはなく、20世紀を代表するアーティストいう確固たる地位を確立したのは“典型的なアメリカの芸術家の姿”をしていたポロックの方だった。主婦であり、孫もいる祖母でもあり、ハイヒールにストッキング姿でアパートに横ばいになりながら作品制作をしていた彼女は、その当時のアーティストのイメージに当てはまらず、正当に評価されることもなく1968年に亡くなっている。
メディアの仕事に携わり伝える任務の端くれをやらせていただいている身としては、「偏った考えで物事を見ていないか?」と問われるようなストーリーでもあった。そして近年になってMoMAがポロックの横に彼女の作品を展示したという話しも見逃せない動きだ。Uniqloの仕事でMoMAの取材を何度かさせてもらっているのだが、MoMAは二年ほど前に大々的な変革を行っていて、今までのアートのコンテキストを見直し再定義しようとしていているのがとても興味深い。
このアウトサイダー・アートフェアでは、他にも何人か面白いアーティストを知ることができた。それはまた次回紹介したい。
それにしても、ジェフリーは有名なギャラリストだけれど、こういう“アウトサイダー”なものにもちゃんと自ら足を運ぶことに驚いた。他の大物ギャラリストがこういうところに来る気がしなかったから。彼は「ただ好きだから行くだけだ」と笑っていたけれど、彼の人生は行動が全て一貫してしていて嘘がない。そういうところが本当に素晴らしいと思う。会場には映画監督のサフディブラザーズのジョッシュも来ていて、とても久しぶりに彼と会えて元気そうで嬉しかった。